わたくし、愛しの王太子様に嫁ぎますっ!
「おい、そこまでだ」
ハンナが悲痛な叫び声を上げた直後地を這うような低い声がし、捩じりあげる賊の手の力が緩んだ。
背後から賊の首に当てられた剣が皮膚を撫でるようにスーッと動き、赤い血がじわりと滲み出る。
「首と胴が分かれぬうちに、その汚い手を離せ」
冷たい殺気がこもった声。
恐怖に引きつった賊の顔に冷や汗が浮かび、のどぼとけが上下に動く。
「まだわからんのか」
首にあてがわれた剣がぐっと食い込み、雨に濡れた顔に冷汗がだらだらと流れた。
「ひっ!ま、待ってくれ!今、放すからよ」
賊はゆっくりとリリアンヌから手を放した。
声の主は、痛みで半ば意識を失ってふらつく華奢な体を素早く受け止め、懐に仕舞い込むように抱き寄せた。
痛みから解放されて安堵したリリアンヌの意識は、ここでぷっつりと途切れる。
「さあ、観念するんだな」
賊は両手を上げながらも周りの状況を確認した。
何とか逃げる手立てはないものかと頭を働かせるが、黒一色の服を着た者二人が商人側に加勢しており、仲間のほとんどが縄で縛られ地面にひざまずいている。
泥だらけになり戦っているのは数人で、しかも全員逃げ腰だ。
「そんなぁ・・・いつの間に?」
自分が愉悦に浸っている間に、急に現れた三人によって状況は一変していたのだ。