わたくし、愛しの王太子様に嫁ぎますっ!
楚々と歩く王女がコックの前でピタと止まり、宿の一同が注目した。コックの額に汗が滲む。
「コックさん、美味しいデザートと楽しいお話を聞けたこと、感謝いたします」
「は、は、はいっ、とんでもございませんことです!大変光栄でございます!」
美しく微笑む王女に対し、コックは直立不動で応えるも冷汗がタラタラ流れるのを止められなかった。
昨日果樹園で聞いた話が本当だと分かったのだ。
商人の娘風情が何を言ってるんだと、思いっきり下に見て笑った自分の身を心配している。
もしもあのことが王太子の耳に入れば、最悪首が飛ぶかもしれないのだ。
心臓が躍るように鳴り、逃げようと算段するその挙動不審な様子を、宿の者たちが怪訝そうに見ている。
王女が馬車に乗り込むと、隊列を組んで出発したミント王国の一行。
馬車のそばにつく騎士がコックの前を通りざまに停まった。
「王女からの伝言だ。『気にしないように』と。何があったかは尋ねんが、我が王女のやさしさに感謝せよ」
馬上から気迫満点の声で言われて眼光鋭く見下ろされ、コックは腰が抜けてヘナヘナと座り込んだ。
「も・・・申し訳、ございません・・・」
声を絞り出すのがやっとのコックは宿の者に助け起こされて詳細を尋ねられ、「お客さまになんてことをするのだ!」と、主人から減俸処分を厳しく言い渡されたのだった。