夫の教えるA~Z
ところがーー

「今、本社にいるんだ…今日は…帰れないと思う」

 その電話が掛かってきたのは、5つのカボチャの中にロウソクを灯し終わった午後5時頃のことだった。

「ウン……分かった」

 “支社長早くっ”

 部下の人の怒鳴り声が聞こえて、「ゴメン」と一言、慌ただしく電話は切れた。


 ツーーーー……


 上がりすぎていた分、テンションを落としていくのがキツい。


 彼がワザワサ家電に掛けてくるのは、珍しい事だ。
 我々のいつもの連絡はショートメールが基本だからだ。

 だからきっと、今日のコトは覚えててくれたんだろう……な。

 しばらく後に、やっと受話器を下ろした私は、トボトボと作りすぎた食卓のお片付けに向かった。


…彼が立場上、今かなりの窮地にあるコトは、朧気ながら私にも分かる。

 支社の業績が悪いから、彼のせいではなくっても、エライ人にたくさんの言い訳をしなくてはいけない。

 今日みたいに、急に東京に呼び出されたりもするんだろう。


 だから私は、
“初めてのバースデーなのにっ”
とか、
“せっかく準備してたのにぃ~”
 とか言って、彼を困らせてはいけないんだ。
 
 私は、作りすぎのオカズのお皿にノロノロとラップを掛け始めた。

 カボチャの中のロウソクの炎が、三角の目の中で揺らめいている。

 人指し指の切り傷が、ズキンと痛んで、不意に涙が溢れ出す。

 ええいっ、泣くな。みっともない。

 私は上を向いて天井を睨み、ぐっと涙を飲み込んだ。


 だけどね、アキトさん。

 チー、ピリッ。

 この音がさぁ、

 今日はたまらなく

 サミシイよぉ…
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