夫の教えるA~Z
「待ちなさいよ。
アンタにはね、迎えに来る資格なんかないのよ!
自由にやりたいんでしょ、楽しくやればいいじゃないの!独りでさ」

足音を、甲高い声が追いかける。

「トーコは俺の奥さんだ。
アンタにどうこう言われる筋はない」

「どうせ上手いこといってウヤムヤにする気でしょ?
あのコが年下で、元の部下だから。
バカみたいに騙され易くて、人が良いから。
だから私が…」

「トーコのいる場所が、俺の帰る場所だ」
「ホラでた、上っ面の口説き文句」

「何とでも言えよ……ここだな。トーコの気配がする」

「何キモいこと言ってんのよ…」

夏子さんの意見を無視し、彼がカチャカチャとドアノブを回す。 

「トーコ、居るんだろ?トーコ、迎えに来たぞ。さあ帰ろう」

ドア越しに、彼が私を呼んでいる。

「…………」

「夜中帰ったら玄関は空いたまま…君の姿がない。
一体どれだけ心配したと思ってる。
さあ、怒ってないから帰ろう?な?」

甘くて優しい、猫なで声だ。

「…………」
私が返事をしないでいると、彼はさらに続けた。

「昨日からずっと探してたんだ。 
メールも電話も何百回と……
あっちこっちに電話して、心当たりをあたっていって…」

(秋人さ…)
思わず小さく叫びかけた時、冷めた口調で夏子さんが言った。
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