夫の教えるA~Z
「ねえちゃん、クルマの鍵とコート貸して」
 私の手を引き、階下に降りた彼は
リビングでヘッドフォンをつけている夏子サンに、ぶっきらぼうに声をかけた。

ペコリと頭を下げた私に、彼女は意味ありげな目配せをひとつした。

それからゆるりとヘッドフォンをはずすと、秋人さんにしごく迷惑そうな顔をつくった。

「別にいいけどぉ…
私の車に変な痕跡(アト)残さないでよ?」

「しねえよ!はやくっ」



夏子サンに借りたコートを着、私と秋人さんは夜のドライブへと向かった。

夏子サンの真っ赤なアルファロメオは、やたらとハデな排気音を響かせながら、海岸沿いをひた走る。

目指したのは、ここから20分ほど走った古い港。
観光地でもあるそこは、たくさんのクリスマス用のイルミネーションで飾られて、キラキラと輝いていた。

車から降りた私達は、沢山の人の流れにのってゆるゆると、黙りこくったまま歩く。

繋いだ手は、まるで初めてそうした日みたいにためらいがちで、汗ばんだ彼の手は、ギュッと力を込めてはまた緩んだ。

やがて流れは、メインスペクタクルに辿り着く。 

周囲のカップルや家族連れは、無数の煌に包まれて、みな一様に幸せそうだ。
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