夫の教えるA~Z
夏姉が、俺の腕をぎゅっと掴んで仁王立ちしているじゃねえか。

「…何」

振り返った俺を、夏姉はじろりと睨みつけた。

「…あんたさ。一体、何企んでんのよ」
「別に。何も」

腕を振り、ガラス張りの向こうの廊下へ出ようとした俺を、夏姉はさらに強く掴む。

「ウソ。
何もなけりゃ、あんたがあたしの職場になんか来るはずないもの。
…フン。
どーせ、トーコちゃんが他の男と仲良くするのが嫌で、偵察にでも来たんでしょ。
ケツの穴のちっさい男」

は?
テメー、なんつームカつくヤツだ。
人が折角心配して…

喉まで出かかった言葉を何とか押し留め、俺は吐き捨てるようにいい放つ。

「あー、そうだとも。
文句あるかっ。
大体な、自分の奥さんのこと心配して何が悪いんだよ。男はな、独占欲と所有欲が強い、チキンハートな生き物なんだっ」

「はー…
やっぱりね。こりゃ、トーコちゃんも大変だわ。
それはそうと…
…ねえ?アキト。
春日さんのとこに案内してやるんだけどさ」

「あ?」

急に歯切れが悪くなった夏姉を振り向けば、彼女は妙にモジモジしている。

「…あ、あの。私について、春日さんに余計なこと言わないでよね」
「………」

一瞬止まり、俺は再び歩き出した。
今度は、さっきよりも早足で。

「ちょっと待ちなさい!聞いてんの、あんた」
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