夫の教えるA~Z
「それで、俺とトーコ(つま)を、触れ合えないようにした、ってことか。
俺を妻から遠ざけようとして」

トン。

「ひゃっ」

激昂する彼女の肩を、軽く叩いた。

いつの間にか後ろを取っていた俺に、びっくりして彼女が振り返る。

「君の怒りの謎が、やっと解けたよ。
やっぱり君は、深く傷ついていただけなんだ」

「はっ…、は?何を言ってるの、的外れもいいとこだわっ」

俺は、穏やかに首を振った。

「いいや、昔のことを思い出したんだ。付き合っていた頃の君は、そんなことをする人じゃなかった。
不思議な魅力に溢れた、薬草と花と、ハーブティーが大好きな、普通の女の子だった」

「普通の女…?私が?
バカな…私、やろうと思えばもっと凄い呪い(こと)だって出来るのよ。未来予知だって、今を見通すことだって…」

「いいや、違わないさ。
どこにでもいる、普通の可愛い女の子だ。
こんなところにひとりで閉じ込められているからだよ。
たまたま外に出た時に、知らない誰かが自分の陰口を言っていた。
そうしたら、皆が自分をそう思っているんじゃないかと、疑心暗鬼になってしまった。
そんなとこじゃないのか」

「違うわ!だってちゃんと聞いたもの、水晶占いにだって…」

「占いで人は測れない、どうしても君のバイアスがかかるから。
君は1度でもその人間に、直接尋ねたことはあるのか?」

「…名前も知らないもの」
彼女は俯き加減に言った。

「そうだろう。
ひとりの時間が長いほど、人は自分に拘るんだ。
人は、理解の及ばないものを恐れたりして、それを悪口として出すことはある。
トーコ…うちの奥さんは、確かに、自分のデスクの至るところに菓子を隠してはいたが、君が考えているような悪口は言わないよ?
他の女の子だってそうだ。
話してみたら全然違うかもしれない。
君はもっと外に出て、色んな人と話すべきだ。
ただ、仲良くなる手段として、ファッションは変えてみたほうがいいかもな。
君だってそれ、好きで着てるわけじゃないんだろ?」
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