夫の教えるA~Z
「…オマエハココデナニヲシテイル」

「え、何って…。
そうですよね、ビックリしますよね。その…
大神支社長、昨日まですごく怖…いえ、不安がっておられたじゃないですか。だから、僕いてもたってもいられなくって…
ちゃんと検査受けられたかな、とか、何か引っかかってないかな~とか…」
「へー、ソレデワザワザ、ヒトノイエニ、アガリコンデイタノカイ?」

「う…、も、もちろん貴方のお元気な姿を見たらすぐ戻るつもりでした!
でも…支社長の帰りがあまりにも遅いから僕、本当に心配になっちゃって」

あたかも氷の彫像のように冷えた視線を投げつける俺に、松田はキラキラと目を潤ませる。
その、ご主人様に叱られて尻尾を垂らしている哀れなワンコのような姿に、トーコがすかさずフォローした。

「そうそう。私がお買い物から帰ってきた時、松田さんが扉の前で右往左往してたんです。それで、じゃあ戻るまで家で待ってたらって、私が声をかけたんです。いや~、まさかそれがこんなに遅くなるなって」

「ホントですよも~。ドックなんて、普通夕方には終わりますって。何処に寄り道してたんですかあ?もしかして…」

あははと呑気に笑うトーコに、いかにもホッとした様子ですぐに軽口をたたいてくる松田。

こ・い・つ・はああ~…
これだよ、そういうトコなんだよ、お前は!

俺がさんざん鍛えてやったのに、
ちょっとは空気を読めっつうの!

心の苛立ちはピークに達していたものの、トーコの手前、俺は極めて紳士的にヤツに応対した。

「…そうか。ところで松田よ、お前の提案のおかげで俺は、昨夜から一切の飲食を断ち、しかも様々なアクシデントに見舞われ、近年まれにみるほど疲労している。
だから今日は、ゆっくり休ませてもらえないかな?」

「えー、そうなんですか。
あ、なら僕、肩でもお揉みしましょうか?そうだ、ちょうど僕、タイ式に続いてアロマ・リンパマッサージも習い始めたところなんですよ、良かったら…」


「帰れーーーーー---っっ!!!!」

ワ~…
松田は転がるようにして去っていった。
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