夫の教えるA~Z
飲みも中盤にさしかかると、お酒に弱い松田くんは、顔を真っ赤にして、フラフラしながら席を立ってトイレに向かった。

その間、私はひそかに夏子さんの感触を探る。

「どうですか、松田君。あの、ちょっとそそっかしくて間が悪いところはあるけど、優しくて真面目ないいコなんですよ。
先日のアレもね、当然彼に悪気はなく…」

「あははっ」
濃いめのハイボール10杯強で、すっかり出来上がってしまっている夏子さんは、陽気に笑った。

「そうねえ、まあ悪い子じゃないってのは分かったわよ。素直で真面目で、顔もけっこうカワイイしね。うん。
でもやっぱ無理、ないわ~。
そりゃあ、アキトみたいなギラギラした奴はマジ勘弁だけど、あそこまでオドオドしてると、ちょっとねえ。
だって、飲みの席でさえあんなに固くなってんのよ?ただでさえ年離れてんのに、盛り上がるどころか日常会話すらできそうにないじゃない。可哀想で、逆にこっちが気いつかっちゃう。
ま、何でか分かんないけど、私を崇拝してくれてるのは、悪くない気分だけどねー」

キャハハハッ。
酔うとちょっと可愛くなる夏子さんは、また陽気に笑った。

「ウーン、そうですか…」
やっぱ無理か。

実は、インストラクターとしての夏子さんのファンは結構多い(うち3/4は女性だが)。殿方のガチ恋勢だって、何も松田君に限ったわけではないのだ。

「ま、折角トーコちゃんが用意してくれた席だから、今日は楽しく飲みましょ。
別に私、もう怒ってないからさ」

パンッ。
少し悄気ている私の背中を強めに叩くと、夏子さんは、勢いよく11杯目のハイボールを飲み干した。
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