夫の教えるA~Z
少しして松田は、ようやく落ち着いて話始めた。

「…僕、実は最近、好きになった女性がいるんです」
「あ、うん」

知ってるよ、夏子だろ。
もしかして、本人は隠しているつもりなのだろうから、知らないスタンスで俺は続きを待った。

「あのそれで…最初の頃はかなり塩対応だったんですけど、大神さんを見習ってとしてはかなり積極的に頑張って…あの、毎日ジムにも通ったりとかして。で、最近では結構向こうから声かけてくれるようになったりとか、何回かはデートっぽく2人で出掛けたりもし……結構いい感じでイけてるつもりだってたんです」
「ほーう」

おいおい、何故ジム通いが関係あるんだ?と突っ込みを入れたいところだが、面倒なのでそのまま流し、本題を促した。

「にしても、それならいいことずくしじゃないか。何故そんなに落ちむんだ?」
「はい、それが…
それで僕、僕つい、調子に乗ってしまったんです~~!」

ぶわっ。
それまで引っ込んでいたかに見えた涙やらなんやらが、一気に松田《ヤツ》の目から噴出する。
「わ、分かった、分かったから落ち着け!
よしよし、何があったんだ?」
色々な液を垂れ流しながらまたもや抱き着いてこようとする松田を押し戻しつ、俺はハンカチを押し付けた。

まさかこいつ、勢に任せて襲い掛かったりとかしたんじゃないだろうな。あ、でもそれなら五体満足じゃいられないか。

などと思いながら待っていると、松田がようやくハンカチから顔を上げた。

「…ぐすっ、すみませんでした。取り乱してしまって…
あの、これ実は、昨日あったばかりの話なんです__」

~松田の回想~

__昨日、会社が終わった後、僕はいつものように早々にスポーツジムに向かいました。
今日は《《その人》》、本当は夕方から夜の時間は非番だったんですけど、特別にレッスンを見てくれる約束でした。
で、ルンルンでトレーニングルームに向かっていたんですけど…ある部屋の前を通った時、ふと、彼女の名前が聞こえてしまったんです。
男性2人のスタッフさんの声でした__
< 312 / 337 >

この作品をシェア

pagetop