夫の教えるA~Z
さて週末。
「お邪魔しまーす」
「あらー、トーコちゃんいらっしゃーい」

……。俺もいるんだが。

夜、俺とトーコは俺の実家で夕飯をご馳走になった。無論、夏子が今日は早番で、家にいることは確認済みだ。夏子は実家暮らしなのだ。
食後の団欒タイムが終わろうとする頃合いを見計らい、何となく夏子を元俺の部屋に誘導した。
ウィスキーにウィルキンソン、チョコレートとトーコさえいれば、夏子はもれなく着いてくる。
俺の家族は、ナゼか皆トーコが好きだ。遺伝子が呼び合ってでもいるのだろうかと思っているのだが、実は俺は、トーコを一人占めできなくなるのが嫌で、あまり実家に帰りたくないのだ。

すっかり話が逸れてしまったが。
夏子が程好く酔っ払ったのを見計らって、トーコが然り気無く話題を振った。

「そういえば夏子さん、昨日松田くんトレーニング来なかったですけど、何か聞いてます?」

「え?
………。
さ、さあ知らないけど?」

明らかに不自然な沈黙の後、夏子は妙に上ずった声で空とぼけた。
チラッとトーコが俺に目配せする。
小さく頷き、俺はひとつ咳払いをした。
「そういえば…松田のヤツ、最近酷く落ち込んでるみたいなんだよな~。もしかして、何かあったのかな~」
夏子の様子を伺うと、瞳を左右にさ迷わせて明らかに動揺している。
よし、俺はさらに話に拍車をかけた。

「あまりに痩せ細ってるもんだから、つい心配になってさ。奢ってやるから昼飯でもいくかって聞いたんだけど、”いらない”って。なんかさ、今週に入って固形物はおろか、水分さえ取れないんだと。
あいつ、ミイラにでもなる気なんじゃねえかな」

ちょっと…大袈裟だったか?
だが、酔った夏子は十分に衝撃を受けたようだった。

「え…そんな…バカ、何でアイツ…」
「ええっ?夏子さん、何か知ってるんですか」
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