夫の教えるA~Z
すかさず投げたトーコの質問は、かなり白々しいものだったが…
酔いのせいもあるのだろう、夏子は顔を真っ赤にしたままで俯いた。

「だって…、だってあいつが急にあんなコト言いだすから。
私、びっくりしちゃってついあんな…」
「あんなコトとは?」

「だ、だからその、あの、私のことが…その、好きだなんてね、戯言を…
あ、でも違うの!
その前にさ、他のヤツと喧嘩?揉めてたみたいだったから、売り言葉に買い言葉ってやつだと思うわ。
まさかあんなの…絶対に本気じゃないから、多分」

「い…や~、そんなことないですって。本気じゃなきゃそんな事言う人じゃないと思いますよ~」
「そうそう、それに松田、何考えてんのかよく分かんない奴だが、少なくとも喧嘩とかするタイプじゃないから。逆に、何かよっぽど大事な亊だったんじゃないのか?」

夏子は、とても困った顔をした。

「で、でも!もうしそうだったとして……
……。
無理に決まってるじゃない。
どうするのよ。私とあのコ、10以上も年離れてるんだよ…?私が小6の時に、やっと生まれてきたんだよ?
20代なんて、これからまだまだ楽しいこといっぱいあるのに、勿体ないよ…」

呻くように言うと、立てた膝の間に真っ赤な顔を埋めてしまった夏子。

俺とトーコは、思わず顔を見合わせた。

俺は…幻でも見ているのか?
なんか…夏子がかわいく見える。

”お姉さんがかわいい…”
トーコがボソッとつぶやいたのが聞こえてくる。

要するに夏子は、松田の事をめちゃめちゃ気に入っている。ってか最早、松田の事が好きなのだ。

__そうか。
これでようやく合点がいった。
夏子が今まで、どうしてどクズ男ばかりに引っ掛かってきたのか。
こいつって、自分が本気の時はめちゃ奥手になってしまう性質《たち》なんだ。
相手が好きであればあるほど、相手の気持ちが真摯であるほど、自分には不釣り合いだと、勿体ないと思ってしまうんだ。
夏子の癖に。

まあこれで、確かめたいことはすべてわかった。やはり、俺の感覚は間違ってはいなかったのだ。

しかしこいつら…
何て面倒くさいんだ。

要するに相思相愛ってことじゃねえか!!!
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