夫の教えるA~Z
「何だ、思ったより全然片付いてるじゃないですか」

"なんかあんま掃除するとこないなあ"、ブツブツいいながらも、松田はテーブルの上の本やら髪留めやら、何か細々したものたちをあっちへこっちへと移しかえている。

独身時代はどうだったか知らないが、結婚後のトーコは掃除に前向きだ。毎日をキレイな部屋で過ごせることには、いつも感謝している…

「あ、ああうん、そうだな、掃除機でもかけてもらうかな…」
「いったい誰が来るんですか?大神さんがそんなに気を使うだなんて、何か怖い気もするなあ」
「ああそうだな、俺にとってはとてつもなく恐ろしい…」

ブルッと肩を震わせた俺の言葉を聞くかきかないかのうちに、キッチンの中に何かを見つけ出したらしく、松田はキラキラと目を輝かせた。

「あ、高菜がある。そうだ僕、チャーハン作りましょうか。この時間からお客さんくるのに、何もないのもあれでしょ?
いえね、僕これまで料理とか全然だったんですけどね。最近練習し始めて、けっこう上手くなったんですよ」
「ああ、そうしてくれ…」

間が持つなら何でもいい。
椅子の背もたれにかけてあったトーコのエプロンを身につけ、嬉しそうに鼻歌を歌いながら、何故か高菜チャーハンを作り始める松田を横目に、俺はトーコの帰りを待った。

程なくして、
「ただいま帰りましたー」
玄関先からトーコのおおきな声が聞こえた。
と同時に、

バタバタバタッ。

荒々しい足音が聞こえてくる。

その音に、ちんちくりんのエプロン姿の松田が思わず振り返る。

と同時に、リビングの扉が開いた。
< 322 / 337 >

この作品をシェア

pagetop