夫の教えるA~Z
真っ向から見つめる松田を正視できず、夏子はあからさまに視線を逸らせた。

「ち、ちょっとあんた、手え放しなさいよっ、恥ずかしいじゃないの」
「イヤです、放せません。
だって僕は、こんな、僕みたいな奴にあんなコト言われて、夏子さんが嫌だったんだってずっと思っていて。だから、もしそうじゃないのなら」

「だから、そういうトコなんだってば!私が…困ってるのは…」
「そういうトコってどんなトコですか。
僕、夏子さんが困るのなら一生懸命直します!教えてください」
「いや、だから本当に困るってわけじゃなくって…その…」
しどろもどろになりながら、逃げる夏子に追う松田。

(行こう)

すっかり茹で上がっている夏子。らしくない姉貴をいつまでも眺めているのも面白い気がするが、さすがに悪趣味ってものだ。

俺はトーコに目配せすると、ふたりでそっと家を出た。

絶妙に空気を読まない男、松田。
仕事ではイラつく場面も多々あるが…そんなヤツだからこそ、年を重ね、劣等感や遠慮から自分を守るためにガチガチに固めてしまった夏子《彼女》の頑ななプライドを壊してやれるかもしれない。

いやさ、つかもう、それに期待するしかねーだろ夏子《あいつ》は。

…と、俺の心を読んだように、横を歩いていたトーコが呟いた。

「大丈夫かなあ、あのふたり」
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