夫の教えるA~Z
 妻、トーコは先程と変わらない姿のまま、しっとり濡れたダブルベッドに俯せている。

 ベッドサイドに腰かけて、煙草をくわえた大神秋人。
 その寂しげな背中をじっと見つめていた。

 甘い紫煙の香りが鼻腔を擽る。

 
 ……乱暴に、犯すように抱かれた時。

 最初は只ただ怖かった。 

 次に、不当な扱いに腹が立った。

 だけど。

 “大嫌い”って言おうとした時、彼が泣いているかに見えた。

 彼はもともと、こんなのが得意な人じゃない。

 慣れない所作は上っ滑り、滑稽でどこか物悲しい。


 突然に、分かってしまった。

 彼はただの行き違いを責めたんじゃない。
 それはちゃんと分かってて、流された私に腹を立ててたんだ。

 なのに私が単なる痴話喧嘩だと思って、いつもの調子でやったから、あんなに怒らせてしまった。


 私は彼に甘えてた。

 部下の時からそうだった。
 彼のキャパシティの中で充分まかなえるほど、私は未熟だったから。

 彼は我慢をし続けて、とうとうキャパを越えてしまった感情を、初めて私にぶつけたんだ。
 “いい加減にしろ”って事だ。
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