夫の教えるA~Z
……また、酷い言葉を投げられてもいい。
彼に触れたいと思った。
重い半身を引きずって、そっとその背に近づいた。
ちょいちょいと、汗に濡れたホワイトのシャツを引っ張った。
すると彼は煙草を離し、驚いたように振り返る。
“起こして”とせがんだら、最初はひどく戸惑っていた。
でもやがて、煙草を灰皿に押し付けてから、壊れ物みたいにそっと私を引き寄せた。
私が彼の顔を覗くと、瞳が不安そうに彷徨(うろつ)いた。
ニッと笑って冗談めかし、ペチンと頬を叩いたら、ひどく情けない顔をした。
それから一言“ゴメン”と謝って、折れそうなほどに抱き締めた。
「…苦しいよ」
「好きなんだ君が……どうしようもなく」
震える声で告げたのは、これまでに一度も、プロポーズでさえ言わなかった言葉だった。
私は返す言葉がなくて、彼の背に手を回して、ギュウッと抱き締め返した。
私はこれまで、自分よりずっとランクの高い彼に愛されて、舞い上がってただけだった。
彼が弱さをさらけ出した日。
本当の彼をかいま見た日。
私は初めて。
容姿や地位や年収らやの、スペック抜きの彼の事を心から好きになったんだ。
(J おわり)
彼に触れたいと思った。
重い半身を引きずって、そっとその背に近づいた。
ちょいちょいと、汗に濡れたホワイトのシャツを引っ張った。
すると彼は煙草を離し、驚いたように振り返る。
“起こして”とせがんだら、最初はひどく戸惑っていた。
でもやがて、煙草を灰皿に押し付けてから、壊れ物みたいにそっと私を引き寄せた。
私が彼の顔を覗くと、瞳が不安そうに彷徨(うろつ)いた。
ニッと笑って冗談めかし、ペチンと頬を叩いたら、ひどく情けない顔をした。
それから一言“ゴメン”と謝って、折れそうなほどに抱き締めた。
「…苦しいよ」
「好きなんだ君が……どうしようもなく」
震える声で告げたのは、これまでに一度も、プロポーズでさえ言わなかった言葉だった。
私は返す言葉がなくて、彼の背に手を回して、ギュウッと抱き締め返した。
私はこれまで、自分よりずっとランクの高い彼に愛されて、舞い上がってただけだった。
彼が弱さをさらけ出した日。
本当の彼をかいま見た日。
私は初めて。
容姿や地位や年収らやの、スペック抜きの彼の事を心から好きになったんだ。
(J おわり)