ツインクロス
冬樹と夏樹
何故だか夢を見ているのだという妙な確信がある。

気が付いたら子供部屋らしき場所にひとり、立っていた。
他に人の気配はない。
暑い真夏の日差しが窓越しに照りつけている。
窓は網戸になっていたが、外から流れてくる風は生温かく、絶え間なく蝉の声が鳴り響いていて余計に暑苦しさを増していた。

ここは…

自分はこの場所をよく知っていた。
部屋には、二段式のベッドが置かれており、窓際には同じ机が二つ並んでいる。よく見るとタンス、本棚等、その他の家具類全て同じものが面白い程に二つずつ揃えられている。パッと見たところで、あえて違いを述べるならば、机の横に置かれているランドセルの色が赤と黒だというところか…。

懐かしい。そうだ。ここは…

遠い日の記憶が蘇る。
忘れたくても忘れることなど出来る筈もない…大切な思い出の場所。
昔、自分が大切な家族と暮らしていた家。
大好きな兄と自分…二人の部屋。

一方の机に歩み寄り、横に置かれている赤いランドセルを両手に取る。
これは昔、自分が使っていたものだった。それは何だか懐かしい感触で、けれど今の自分の手には妙に小さく感じられた。暑さで少し汗ばんだ掌にぴったりと吸い付いてくるようだ。

思わず懐かしさに浸っていると、不意に遠くで人の声がしたような気がして、ふと我に返る。確かに微かだが人の声がする。何を言っているのか聞き取ろうと耳を傾けながら、手に持っていたランドセルを元の位置に丁寧に戻した。
初めは微かでしかなかったその声は、だんだんはっきりと耳に届いてきた。
どうやらこちらの方へ近付いて来るようだ。
そして、その声の主が誰なのかが分かったと同時に、初めて自分の名前が呼ばれているという事に気が付いた。
それは、自分が良く知っている…忘れる筈もない優しい声…。

…お母さん。

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