ツインクロス
「オレ…良く考えたら、かき氷なんて食べたの…超久し振りかも…。ここ八年は食べてなかったなー」
冬樹は空のカップを手にもてあそびながら、何でもない事のように言った。
そうして「ご馳走さま。ありがとなっ」と、微笑む冬樹に雅耶は複雑な気持ちになった。

(あの事故以来、冬樹の過ごしてきた八年間は、いったいどんなものだったんだろう…?)
海に来たのも久し振りだと言った。
ある意味、夏の風物詩であるかき氷でさえ、『八年振り』というのは、どうなんだろう…と、雅耶は考える。
(『楽しむこと』何もかもを、今迄ずっと我慢してきたんじゃないのか…?)
入学当時の冬樹のことを思い起こすと、そう思わずにいられない。
だが、雅耶は己の気持ちを隠すように明るく言った。

「どういたしまして。こんなことで許して貰って、何だか逆に悪い気もするけど…。でも、たまにはこんな風にのんびりするのも良いだろ?」
「…そうだな…」
眩しそうに目の前の海へと視線を移す冬樹の横顔を、雅耶は見詰めていた。

「少し…歩かないか?」

泳ぎに行っている長瀬達が戻って来るまで、少し二人で海辺を歩いてみることにした。




波打ち際を二人、ゆっくり歩いて行く。
少し距離を伸ばすと、浜辺の景観が変わり、浅瀬に僅かな岩などが見え隠れする遊泳禁止区域へと入っていった。その周辺は流石に人もまばらで静かだった。
二人、何気ない話をぽつりぽつりと話しながら歩いていたが、不意に前を歩いていた雅耶が足を止めた。
「冬樹はさ、何で海に来るの…あんなに嫌がったんだ?さっき、皆には『泳げないから』…なんて言ってたけど、お前…昔、泳げたよな?」
特に勘ぐっている感じではなく普通に聞いてきたので、冬樹も自然に答える。
「…覚えてたか」
冬樹は瞳を伏せてフッ…と笑うと、言葉を続けた。
「ウソついたのは説明するのが面倒だったから…。それだけだよ」
冬樹も足を止めると、遠い水平線の向こうを眺めながら言った。
「説明…?」
言っている意味が解らず、雅耶は冬樹の横顔に聞き返す。
海風がザァーーッと吹いて、帽子を飛ばされそうになった冬樹は、咄嗟に頭を押さえた。

「オレさ…。ずっと…海に来るのが、怖かったんだ…」
「…怖い…?」

冬樹は、こちらを見ずに小さく頷くと続けた。


「海は…怖いよ。綺麗だけど…こわい…」

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