ツインクロス
未だパニック状態で手足をバタつかせ、もがいている子どもを抱えて泳ぐのは至難の業で。尚且つ潮の流れが思ったよりも早く、油断していると徐々に岸から遠ざかっていくようだった。
それに、何よりも服が水を吸って重く纏わりつき、思っていた以上に上手く泳げない。

(くそっ!分かってはいたけど、これじゃ流石にっ…)

浮いている状態をキープすることさえ苦戦している冬樹の背後から、水音とともに微かに声が聞こえた。

「冬樹っ!」

雅耶がこちらへ向かって泳いで来るのが見える。
水着を着ていることもあり、雅耶の方が断然余裕そうだった。
冬樹は手の届く所まで雅耶が来たのを確認すると、声を張り上げた。
「まさやっ!!…頼むっ!この子をっ」
「よしっ。こっちにっ!」
伸びて来た逞しい雅耶の腕に、しっかり子どもを受け渡すと、二人して再び元来た浜辺へと向かって泳ぎ始めた。

(良かった…。雅耶、流石だよ…)

子どもを抱えて泳ぐ雅耶は、やはり自分とは全然違う力強い泳ぎで、懸命について行こうと頑張っても、その距離は徐々に開いて行く程だった。

ふと…。
冬樹は、改めて今の自分の状況に気が付いた。

(広い海に、ひとり…浮かんで…?)

それは、何度も夢に見た恐怖の海のビジョンと重なり。

「……っ…」

意識した途端、突然動悸が激しくなっていくのが自分でも分かる。
思うように動かない身体。
重く纏わりつく服が、夢の中の皆の『縋ってくる腕』のように感じて、ゾクリ…と、冬樹の背筋に悪寒が走った。

もう、泳いでいられなかった。

冬樹の身体は硬直したように動きを止め、頭の上まで水の中へと潜ってしまう。
(思ったより、深い…)
少し流されただけで、突然深い海が広がっていた。
(息が…出来ない…)

足先が鉛のように重く感じて、まるで海の底から何かに引っ張られているかのようだ。

暗い…暗い…海の中。
沈んでいく重い身体…。

(…怖い…ね。…苦しいよ、ね…)

ふゆちゃんも、きっと怖かったよね。
すごく、苦しかったんだよね…。

(ごめん、ね…。ふゆちゃん…)

意識が遠のく中。
最後に、こちらへと手を伸ばしてくる雅耶の姿を見たような気がした。


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