ツインクロス
(結局…雅耶に本当のこと、何も話せなかったな…)

歩きながら、冬樹は小さく息を吐いた。
さっきの溺れかけていた子どもの件で、すっかり話すタイミングを逃してしまった感じだ。

その場の想いのままに全てを告白してしまうのが良いことだとは思わない。
ずっと騙し続けてきたことを雅耶が知れば、少なからず傷つけてしまうだろうから。

(でも、そんなのはオレの言い訳に過ぎないんだよな…)

単に、信じてくれていた雅耶に見限られるのが怖いのだ。
『最低だ』と(ののし)られるのが怖い。
あの笑顔をもう向けてくれなくなると思うと…怖い。
本当にそれだけなのだと、今更解った。

自分では、そう思われて当然だと…ずっと思ってきた筈なのに。
だから再会した当初は、わざと嫌われるように仕向けて来たのだから。
それなのに…。

(いつの間に、オレは…こんなに欲張りになったんだろう…)

自分を信じてくれている雅耶を、騙し続けている心苦しさは本当に自分の中にあるのに。

(雅耶に嘘をつき続けてまで、今の自分を守りたいだなんて…)

馬鹿げている…と、自分でも思う。
今の雅耶の優しさは『冬樹』に向けられたものだ。
雅耶から語られる夏樹への想いも、過去の『夏樹』に向けられたもの。

今のオレは、どちらでも無いのに。


気が付くと雅耶は随分と向こうにいて、こちらを振り返って待っていた。
思わずボーっとしていたのか、かなり後れを取ってしまったらしい。冬樹は慌てて雅耶の元へと駆け寄って行った。遅れたことを謝ると、雅耶は「いや、俺も同じようなものだから…」と、優しく笑ってくれた。
その笑顔に冬樹はつられて微笑んだものの、それが本当の自分に向けられたものではないと思うだけで、胸の奥がズキズキと痛んだ。
冬樹は、その胸の痛みに耐えるように…。
雅耶に気付かれないように小さく俯くと、痛みが落ち着くのを待った。

(こんなんじゃ、いつまでも隠し通せる自信…ないよ…)

…すると、
「さっきの話の続きだけど…」
と、頭上から雅耶の声が聞こえてきた。

「さっき、お前は『優しくしてもらう資格がない』と俺に言ったけど…。そんなのは考えるだけ無駄だと思うんだ」

穏やかに話を続ける雅耶の声に。
冬樹は驚きながらも、ゆっくりと顔を上げた。
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