ツインクロス
「何だ。先客がいたのか…」

車から降りてきた男がひとり呟いた。
男は、見た目の年齢は自分達と然程変わらないように見えたが、手には不釣り合いな程の大きな花束を持っていた。
先にその場にいた冬樹や雅耶を怪訝そうにじろじろ見ていて、何だか感じが悪い。
言外に退けと言っているようなその視線に、冬樹の中ではいけ好かない奴だという認識がなされた。

「花を手向けたいんだが…場を譲っては貰えないか?」
敢えて素知らぬふりをしていたら、痺れを切らしたのか男が声を掛けて来た。
「ああ、どうぞ」
雅耶は快く返事をすると「…冬樹、譲ってやろう…」と、小さく声を掛けて来る。
冬樹は仕方なく頷くと雅耶の後をついて道路側に戻ることにした。
男は、いつの間にかガードレールの外側に出ていて、二人が来るのを待っていた。
その男の横を冬樹が通り過ぎようとした時。
じっ…と、こちらを見ていた男の手が、突然冬樹の腕を掴んできた。

「お前…」
「…っ…何だよ?」

「気安く触るな」…と心の中で思いながら、その手をサッと振り払うが、男はそのことには然程気にも留めていないようだった。
ただ、驚いた様子でこちらを見ている。

「お前…冬樹、か?」
「…は?」

(誰だ?コイツ…)
最初から印象の悪かったその男のことなど眼中になく、それまで冬樹はその男の顔をろくに見ていなかったのだ。
だが…。

「………」

(あれ…?)
その男は、何処かで見たことあるような顔をしていた。
(でも…誰だっけ…?)

「冬樹?…知り合い?」
そのやり取りを横で見ていた雅耶が聞いて来る。
「んー…」
考え込んでいる様子の冬樹に、男は。
「おいおいっ!まさか忘れちまったのか?」
今迄スカしていた表情を崩すと、情けない声を出した。
「…ごめん、誰だっけ?」
「そりゃないぜっ。冬樹ーっ」
がっくりとわざとらしく肩を落とす男は、先程よりも随分と子どもっぽく見える。
それでも、やっぱり思い出せない冬樹は、未だに訝し気に男を眺めていて。
痺れを切らした男は、力を込めて自ら名乗りをあげた。

「俺だよ俺っ。力だよっ。神岡力(かみおか ちから)っ」

「………」

少しの間が過ぎた後。


「えええーーーーーっ?」


…という冬樹の驚きの声が、周囲に響き渡った。


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