ツインクロス
明かりのない家の中は真っ暗で、最初は手探りで移動していくが、徐々に目が慣れて来ると雨戸のない窓からの僅かな外の明かりを頼りに歩くことが出来るようになった。
冬樹は一階はしっかり戸締りをしたままで、二階の子ども部屋へと上がって行った。
流石に閉め切ったままでは暑いので、その部屋の窓だけは開け放ち、外からの風を入れるようにする。生温かい風ではあるが、レースのカーテンが僅かに揺れて、見た目だけでも涼しげになった。
冬樹は、肩に掛けていたバッグを床に置くと、二つある内の一方の机にゆっくりと腰掛けた。
赤いランドセルが置いてある、以前自分が使っていた机だ。
冬樹は暫くぼーっと窓の外を眺めていたが、小さく息を吐くと、頬杖をついて隣に並んでいる机に視線を移した。

「ふゆちゃん…。今日、あの場所へ行って来たよ。みんなが眠る、あの海の傍まで…」

ポツリ、ポツリ…と、まるでその席に兄がいるかのように、冬樹は語り続ける。

「でも…何でだろ…。不思議なんだ…」

本来なら、兄も同じようにあの海の何処かに両親と共に眠っている筈だ。なのに…。

「何故か…ふゆちゃんは、あそこには居ないって…そう、思ったんだよ」

冬樹は頬杖を解くと、机の上に腕を組んでうずくまるようにした。
(でも、じゃあ…ふゆちゃんは何処にいるとでも言うのだろう…)
心の中で自分に問い掛ける。

「…可笑しい、よね…」

(ただ、自分がそう思いたいだけ…なのかな…)
誰の返事も返る筈がない、一人きりの暗い部屋で。
冬樹は、そっと瞳を閉じると、祈るように呟いた。

「会いたいよ…。ふゆちゃん…」




日付の変わる少し前。

ある一つの影が、暗い家の中をゆっくりと移動していた。
その影は、暗闇の中も慣れたように階段を上ると、ある扉の前で立ち止まる。
そして、そっとその扉を開いた。
だが、一歩足を踏み入れた途端、普段と違う違和感に気付き、息を呑んで動きを止めた。
誰もいない筈の家の窓が、開いていたのだ。
だが次の瞬間、そこに居る筈もないと思っていた人物を見付け、その影は緊張を解いた。
規則正しい寝息が聞こえる。
その人物は、机に伏せて眠ってしまっているようだった。
その影は、ゆっくりとその眠りについている人物の傍へと歩み寄ると、愛おしげにそっと呟いた。


「…なっちゃん…」



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