ツインクロス
その人影は、机に伏せて眠っている冬樹からそっと名残惜しげに離れると、そのまま部屋を後にしようと扉へと向かった。
その背中は、何処か寂し気だった。
ドアノブに手を掛けた時、不意に眠っている筈の冬樹が小さく声を発して、思わずビクリ…とその身を固くする。

「ふゆ…ちゃん…」
「……っ…」

背を向けたまま、そっと後方の気配を探るが、未だ規則正しい寝息が聞こえてくることで、それが寝言であることを理解する。
その人影は緊張を解くと、今一度冬樹を振り返った。
眠っているその細い背を見詰めると、小さく呟いた。

「…またね、なっちゃん…」




「………」

不意に目が覚めた。
ハッ…として顔を上げるが、周囲は未だに暗いままだった。
(あれ…?オレ…寝ちゃってた…?今、何時…)
携帯で時間を確認しようとして、思わず床に置いてあるバッグに手を伸ばしかけた所で、不意にある声が耳に蘇って来た。

『…なっちゃん…』

(…えっ…?)
ドキリ…と、心臓が波打つ。

バッグを掴んだ手はそのままに、目を見開いたまま思わず硬直する。

(そういえば、さっき…ここに誰か、いなかったか…?)

冬樹は咄嗟に立ち上がると、後方にある扉を振り返った。
だが、そこは閉じられたままで何の形跡もない。

「………」

『誰か』…じゃない。
ふゆちゃん…だった。

知らず、カタカタ…と震える手で口元を押さえると、冬樹は記憶を手繰るように意識を集中させた。

「…ふゆ…ちゃん…?」

本当は、夢だったのかも知れない…とも思う。
自分が会いたいと願ったから、自らが見せた夢だったのかも知れない、と。

今日…雅耶とあそこへ行って『助かる筈がない』と、諦めがついた筈じゃなかったのか…?
だけど…。
ふゆちゃんが、あの海にいないと思ったのも事実だ。
だからといって…?

『不思議だね…。会いたいなって思ってここに来たけど、まさか本当に丁度いるなんて…。気が合うっていうのか…。偶然って…本当にあるんだね…』

はっきりと覚えている、その声。その言葉。
「ふゆちゃん…」

あれが、自分に都合の良い夢でも幻でも幽霊でも…。
もう、何者でも構わなかった。

冬樹の大きく見開いた瞳からは、大粒の涙が零れ落ちた。


< 195 / 302 >

この作品をシェア

pagetop