ツインクロス
「えっ?何?…何で突然そんな怖い顔してるんだ?冬樹っ?」

思わず自分でも気付かない内に恨みがましく力を睨んでしまっていたようだ。
「…別に…何でもない」
冬樹は力から目を逸らすと、何気なく校舎に設置してある時計を見る。
もうそろそろ5時限目の予鈴が鳴る時刻だった。
(今のオレは夏樹じゃないんだ。もう、そんな昔のことは忘れろっ。それこそ、そんなのいつまでも引きずってたら、いつかボロが出て力にバレ兼ねない…)
出来る限り夏樹としての苦手意識を忘れようと、冬樹は自らに言い聞かせていた。

そうしている内に、雅耶が向こうからやって来た。

「おっす、冬樹っ」
「雅耶…」
やっと力と二人きりの状態から解放されるとあって、冬樹は内心でホッと胸を撫で下ろす。
「もう用事は済んだのか?」
「ああ。でも、なかなか顧問の先生が捕まらなくてさー。まいったよ…」
冬樹は雅耶の方に意識を向けると穏やかに話し出した。



力はそんな様子を、その横でジッ…と眺めていた。

(やはり『雅耶』は特別って感じなんだな…)
別段笑顔でいる訳ではないが、目に見えて冬樹の表情が柔らかい。
それに、もう…こちらを見向きもしない。
(…何か、面白くないな。こう、あからさまに態度に違いを出されると、流石に傷付いちゃうぜ…)

昔から冬樹達兄妹はそうだった。
冬樹も夏樹も、一緒に遊んでいても何かと会話の中に『まさや』が出てくるのだ。

『こないだ、まさやがねー』
『そういえば、まさやが…』
『まさやなら、そんなこと言わないのにー』

二人とも口を開けば、『まさや』『まさや』『まさや』。
会ったことのない『まさや』にどれだけ嫉妬していたか。
(…まぁ雅耶だって、実際に会ってみたら別に悪いヤツじゃなかったがな…)
でも、やはりこの差は気にくわない。
そんなことを思いながらも、力はそのまま二人の会話に耳を傾けていた。


そこへ、何故だか興奮気味の長瀬がこちらへ駆けてやって来た。
「大変だよーっ冬樹チャンーッ!!」
「長瀬?どうしたんだよ、慌てて…」
冬樹も雅耶も首を傾げる中、長瀬が息を切らせながら言った。
「今日の体育、森川が休みなんだってっ!」
森川とは、体育担当の教師の名である。
「…それで?何が大変なんだよ?」
雅耶が聞くと、長瀬が得意げに「聞いて驚くなかれっ」と前振りを入れた。
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