ツインクロス
「それがさぁ、何とっ!代理であの溝呂木が入るらしいんだよっ」
「……へっ?」
その名前を聞いた途端、冬樹は大きく目を見開くと僅かに顔を引きつらせた。
「…マジか?」
例の柔道部の勧誘事件を目の当たりにしていた雅耶は、心配げに冬樹を見た。

(超!久々にその名前聞いたんだけど…)
ハッキリ言って嫌な予感しかしない。

「…大丈夫?冬樹チャン」
一瞬固まっていた冬樹だったが、長瀬に顔を覗き込まれて我に返ると笑って答えた。
「へ…平気だよ。授業で問題も何も起こりようがないだろうし」
そう言いつつも、何処か自分に言い聞かせてる感は否めない。
その時、授業開始5分前の予鈴が鳴り始めた。
少しずつ生徒が集まってきている中「整列しといた方が良さそうだな」…と冬樹は呟くと、その日陰から出てグランドの中央へと向かって歩き出した。



「…やっぱ、無理してる感じあるよねェ?」
「まぁ、一度痛い目みてるからな。流石に苦手意識はあるだろうな」

長瀬と雅耶が冬樹の背を見送りながら、しみじみと話している。
自然と冬樹の後を追って歩き出した二人に、力もさり気なくついて行きながら、ずっと聞いていても分からなかった疑問を口にした。
「何なんだ?その溝呂木っていう教師…。冬樹と何かあるのか?」
「んー…?何かあるっていうか、あったっていうか…。そいつ、ちょっと厄介なヤツでさー、美少年好きのドS教師で有名なんだよねぇ」
長瀬から語られたその意外な言葉に、力は思わずキョトンと立ち止まってしまうのだった。



本鈴が鳴る前に、その噂の教師はグラウンドに姿を現した。
溝呂木は、冬樹を見るなり傍まで近付いて来ると、
「久しぶりだな…野崎。まさか、お前のクラスだったとはな…」
そう、声を掛けて来た。
「………」
とりあえず、冬樹は波風を立てないように小さく会釈を返す。
そんな冬樹の様子に溝呂木は満足げに微笑むと、去り際に冬樹だけが聞こえる程の小さな声で呟いた。
「…充実した時間になりそうだ…」

(…怖っ!!コイツ…まさか何か企んでるのかっ?)

暑い日差しの下なのに、思わず鳥肌が立ちそうだ。
溝呂木は、そのまま前へと戻ると全体に向かって集合の号令を掛けている。
(…本当に嫌な予感しかしない…)
冬樹は小さく溜息を吐くと、少しだけ肩を落とした。

そんな様子をずっと後ろから見ていた雅耶は、心配げに冬樹のその背を見詰めるのだった。
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