ツインクロス
「目の…前で…?」
「ああ。皆で一緒に別荘を出たとこだったんだ。お前んちの車が先に出て…。それで、あの坂道で事故に遭った」

初めて聞く話に、冬樹は瞳を大きく見開いて力の話を聞いていたが、
「そう、だったのか…」
そう小さく呟くと、冬樹は再びトレーの上へと視線を落として目を伏せてしまった。


自分は、あの現場に足を運ぶのにさえ八年掛かった。
現実を認めたくなくて。認められなくて…。
でも…。

(事故の瞬間を目の前で見てしまった力は、現実を認めるしかなくて、きっともっと辛い思いを抱えてきたんだろうな…)

それは、夏樹への想いどうこうじゃない。
まだ、幼い小学生が知り合いの事故の瞬間を目の当たりにして、平静でいられる訳がないのだから。

初めて力の心の痛みを垣間見たような気がして、冬樹は胸が締め付けられる思いがした。

「俺の目には、あの時の光景が焼き付いてしまっているんだ。だから、本当は俺だって、夏樹が生きていてくれれば良いと思っていたいけど…お前のように想い続けることは実際難しかったかな…」
珍しく素直に話す力の本音に、三人は静かに耳を傾けていた。
「でも、想い続けることは難しくても、忘れられないんだ。夏樹程の女は探してもなかなかいないんだよ」

「………」

思わずシリアスだったのに、再び会話の方向性が変わって来たような気がして、冬樹はチラリと横目で力を見遣ると、気を取り直すように止まっていた手を動かして再び食事を始めた。
「…っていうか。二人にそこまで言わせちゃう夏樹ちゃんっていったいどんな娘なのよっ。超!気になっちゃうんだけどっ」
長瀬が、暗くなってしまった場を盛り上げるように明るくおどけて言った。



(ここにいるけどな…)

雅耶は、心の中で呟きながらその本人へと視線を移した。
冬樹は事故の話を聞いていた時、少し泣きそうな顔になったが、今は何故か黙々と食事に没頭しているようだった。
そんな様子を見ていて、思わずクスッ…と笑みがこぼれてしまい、雅耶は自身の拳で口元を隠した。

「でも、神岡さぁ…。お前さっき夏樹ちゃんを嫁に貰うつもりだったって言ってたじゃん?本人と約束でもしてたのか?」
長瀬がもっともな質問を口にする。
雅耶も気になっていたことだったので、力の返答を静かに待っていた。
だが、力は調子に乗ったのかとんでもないことを口走った。
< 220 / 302 >

この作品をシェア

pagetop