ツインクロス
「親父さんのこと、何か分かったか?…調べてみたんだろう?」
車を走らせて少ししたところで力が聞いてきた。
「ああ…でも、特には…。ただ、お前が言っていたように心臓の病気に関する薬の研究に力を入れてたことだけは分かったよ」
前にあの部屋に入った時は気が付かなかったのだが、よくよく気にして見てみれば、書斎の本棚にあった医学書は、心臓に関する専門書が数多く見られたのだ。
そのことを説明すると、力は「そうか…」とだけ呟き、何かを考えるように視線を外へと向けた。
冬樹もそのまま、反対側の流れていく景色に目を向けていて、バックミラー越しに向けられた運転手の意味ありげな視線に気付くことはなかった。

冬樹達を乗せた車は、例の別荘へと向かっていた。
夏休み中に雅耶と電車を乗り継いで来た時と比べて断然に早く、小一時間程で麓の町を通過する。
山道に入ると、冬樹は何となく落ち着かない気持ちになった。
あの崖に近付いていることの緊張感は勿論なのだが、何よりも雅耶と二人で歩いた時のことが思い出されて、何だか切なくなったのだ。
そんなに昔のことでもないのに、随分前のことのような気がする。

(…雅耶。そろそろ試合が始まる頃かな…)

カーブが多い山道の生い茂る緑をぼんやりと眺めながら、昨日雅耶と話していた時のことを思い返していた。


昨夜も冬樹がバイトを終えると、雅耶は店の前で待っていた。
すっかり送って貰うのが日課のようになりつつあり、それはそれで『男』を装っている身としては複雑な気持ちもしたが、雅耶が心配してくれているのが伝わって来て、心の中では素直に嬉しかった。

(…でも、オレが今日、力と一緒に別荘へ来ていると知ったら雅耶…怒るかな…)

雅耶は屋上で聞いた力の話についても、少し心配しているようだった。
『力が言っていたことが嘘だとは思っていない。でも、全てを信用して動くのは危険かも知れない…。あいつの親父さんが絡んでいるのなら尚更だ。気を付けろよ?冬樹…』
昨夜、雅耶が言っていた言葉を思い出す。

(ごめん、雅耶。でも…どうしても父さんの開発した薬について詳しく知りたいんだ…)

朝、力が電話してきた時、実は少し迷った。
『もしも別荘の書類を調べたいのなら、連れてってやるぞ』
…その誘いの言葉に。

(でも、動き出さないと前へ進めないんだ…)

既に巻き込まれている以上、危険は承知の上だ。

冬樹は、さり気なく握った拳に力を込めるのだった。

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