ツインクロス
(力が…入ら、ない…?)

妙な痺れを全身に感じて、冬樹は右手首を掴まれたまま、その場にガックリ…と膝をついた。
「そろそろ薬が回って来た頃ですかね」
萩原が余裕の笑みで、冬樹を見下ろしている。
「…くそっ。やっぱり、あのお茶に…何かっ…」
(栓が開いてないと思って油断したっ…)

僅かに息を乱しながら苦しげにこちらを見上げてくる冬樹に、萩原は満足気に笑みを浮かべた。
「君はなかなか賢いですね。ペットボトルを警戒してはいたみたいですが、流石に注射器の小さな穴にまでは気付かなかったようで。…残念でしたね」
言外に『薬を盛った』と認めるその男を、力もまた冬樹同様床に膝をつきながら愕然と見上げていた。
「お前っ…まさかっ…俺の分にもっ?」
「申し訳ありません、力様。でも、貴方がどちらをお飲みになり、どちらを彼に渡すか分からないので、やむを得なかったのです。大丈夫、これは一時的な物なので特に問題ありませんよ」
萩原は悪びれる様子もなく、そう説明をすると。
冬樹の腕を無理やり引き、パソコンの置いてあるテーブルの傍までズルズルと引きずって連れて行く。
そうして、傍で動けないでいるのを確認した上で、その手首をようやく離すと、素早くパソコンを立ち上げ、カタカタと何かを打ち込み始めた。

普段仕えている力のことは放置したまま、平然と作業に取り掛かるその男を、冬樹は忌々しげに見上げる。
ペットボトルのお茶を何の躊躇もなく飲んでいた力の方が、当然薬も多く摂取してしまった訳で。冬樹よりも数段苦しげに呼吸を荒くし、既に座っている体勢すら保てず、床に寝転んで(うずくま)ってしまっていた。

「………」

それを横目に冬樹は複雑な思いを抱きながらも、痺れる身体を何とか動かそうと試みる。
だが…。

「よし。後は、このスキャナーで…」
パソコンのディスプレイを見ながら萩原はそう呟くと、無理矢理冬樹の身体を引き上げ、再びその右手首を掴み上げた。
「…っ…やめろっ…はなせっ…」
抵抗を試みるも、やはり思うように身体は動かせず、弱弱しい抵抗は簡単に封じられてしまう。
「悪あがきは止めて、大人しくしろっ!」
今までの丁寧な言葉使いから一変し、萩原は荒っぽい怒声を上げると、力づくでその細い腕を押さえ込んだ。
そして、とうとうその静脈認証装置の上に強引に掌を押さえ付けられてしまった。

「…くっ……」
「とうとうだっ。とうとう鍵が開く…。これで…」

ピピピ…という読み込みの電子音が、妙に大きく耳に聞こえた気がした。
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