ツインクロス
一方、資料倉庫の床に横になったまま一人残されていた力は、やはり冬樹同様、薬の効果で徐々に意識が朦朧とし始めていた。

(身体が痺れて…もう、感覚がない…。それに…なんだか、眠く、なってきた…)

視界がぼんやりと歪む。
冬樹を連れて此処を出て行こうとした萩原がドアを開けた直後、ドサッ…という大きな物音がしたのを聞いた。
気にはなったものの、そちらに視線を向けることすら叶わず、その後は特に変わった様子もなかったので、考えを巡らせるのも面倒に感じて力は目を閉じた。

(きっと、もう車へ向かったんだろう。そうしたら暫くは戻って来ない…。薬が切れるのが先か、萩原が戻って来るのが先か…いい勝負と言ったところかも、な…)

力は目を閉じたまま、自嘲気味に歪んだ笑みを浮かべた。

萩原の、ある種の裏切り行為。
彼に対して寄せていた信頼が大きかった分、力の中でのショックも大きかった。
母親が亡くなってからは、親代わりのようにいつでも傍にいてくれた、頼れる存在だった。
今では、親よりも何よりも身近な存在だったのに…。
だが…。

(いや、俺が愚かだっただけ…だな。結局は、親父の手の中で足掻いていただけだった、ということか…)

多少の悔しさはあるが、薬のせいか、それさえももうどうでもいいことのように思えた。



そうして、僅かな時間だが意識が途切れていた力の耳に、不意に小さなカタカタ…という物音が届いて来て、力はうっすらと目を開けた。

(…人の、気配…?)

すると、そこにはパソコンを打ち込んでいる一人の男の背があった。

(………?…だれ…だ?)

こちらからは顔が良く見えない。
背格好を見ても、心当たりのある人物は思い浮かばなかった。
ただ、パソコンのディスプレイ画面はかろうじて見えていたので、その人物が何をしているのか、力は声を出さず静かにその様子を眺めていた。

男は手際よくパソコンを操作してファイルの解除画面を開くと、次に静脈認証装置へ自らの右手を置いた。

(…こいつも、例のデータ狙いか…?…だが…)

先程冬樹の掌を読み込んだ時と同様に、ピピピ…という電子音が鳴っている。
だが、違うのはその後だった。
今度は、エラー画面ではなく、そのファイルの中身が開かれたのだ。
幾つものウインドウが開き、画面上に表示される。

「…なっ!」

驚きの余り、力が思わず声を発すると。
その人物が、ゆっくりとこちらを振り返った。

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