ツインクロス
「並木さん、ありがとね」

ハンドルを握る男の背後から、控えめな声が掛かる。
並木…と呼ばれたその男は、バックミラー越しにその人物に視線を流した。
バックミラーには、一人の少年が名残惜しそうに後ろを振り返っている様子が映っている。

「いや、こんなのはお安い御用さ。でも、彼に任せて本当に大丈夫だったのか?」
車を走らせながらそんなことを言う並木に、後部座席の人物は前に向き直ると首を傾げた。
「…それって、どういう意味?」
その仕草は年相応にどこか幼いもので、並木は思わず口元に笑みを浮かべた。
「だって、あの子は女の子なんだぞ?さっきの少年がいくらナイトの様に彼女を守ってくれる勇敢な子だったとしても、今…あの子は眠ってるんだ。何か間違いがないとも限らないだろ?」
並木は言外に含ませながら、そう言った。
「ああ…そういう意味…」
少年は意外そうな顔をした。
「実際、あり得ることだぞ?男の理性なんて(もろ)いモンなんだからな。あー、でも女の子であることは隠してるんだったっけ?でも、あの子綺麗だし、それこそ正体がバレちゃったりしたら大変なことになるんじゃないのか?」
心配げに語る並木に、少年はクスッ…と笑うと「大丈夫だよ」と微笑みを浮かべた。

「雅耶は、そんな奴じゃないから」

その穏やかな微笑みとは裏腹にキッパリと言い切った。
「うーん…そうか。ま、お前がそう言うんだから、そうなんだろうな。彼には絶大な信頼を寄せているって訳だな」
並木はつられて笑顔を見せると、その後は運転に集中した。



少年は流れていく景色を眺めながら、先程の並木と雅耶のやり取りを思い出していた。
ずっと二人の様子を、車中から眺めていたのだ。
雅耶を近くからしっかり見たのは、本当に久しぶりだった。

(すっかり、立派になっちゃって…)

昔から自分達よりも大きかった幼馴染みではあるが、随分と大きく逞しく成長していて、どこか感慨深いものがある。
夏樹を抱えるのも軽々といった感じだった。

(でも、雅耶は既になっちゃんのことは気付いているみたいだな…)

大事そうに夏樹を抱えていたその様子は、ほんの僅かな動作や視線にさえも愛しさが込められていて、見ているこちらが恥ずかしい位だった。

(でも…それなら尚更、安心だよ。雅耶はなっちゃんを悲しませるようなことは、絶対しないだろうから…)

その少年…冬樹は、微笑みを浮かべると、そっと目を閉じた。


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