ツインクロス
だが、一度触れてしまったら制御が利かなくなっていった。

そっと頬を触れても、目を覚まさない夏樹。
早く目覚めて、その大きな瞳に自分を映して欲しくて、雅耶は自分でも気付かぬ内に触れ方が大胆になっていった。

今度は寝ている夏樹の髪をそっと優しく()くように撫でる。
それでも、身動き一つしない。

(起きろよ…夏樹…)

額から瞼。頬、そして顎のラインを辿ってそっと触れていく。
ふと、その薄く開いた唇に自然に目が行って、思わず釘付けになった。

「………」

そこだけ特別であるかのように、ゆっくりと…下唇にそって親指を這わせてゆく。
そこは思いのほか柔らかく、辛うじて押さえ込んでいる自分の理性を簡単に突き崩してしまいそうだった。
雅耶は、その薄ピンク色の唇の下にそっと指を添えた。

目が、離せなかった。

心臓の音が耳元で聞こえ、もう…何も考えられなくなる。

その夏樹の唇へと思わず引き寄せられるように。
己の感情のままに、雅耶は自らの唇を寄せていった。

だが…。


はた。…と、我に返る。
それは、唇と唇とが触れる、すれすれの所だった。

いつだったか、力に対して冬樹が言っていた言葉が頭を過ぎったのだ。
あれは…力が夏樹のファーストキスは自分が貰ったとか、得意げに話していた時だった。
あいつは、そんな力に対して珍しく怒りを露わにしていて、力自身は何故冬樹がそんなに怒ってるのか、分からない様子で尋ねたのだ。すると…。

『お前が下らないことを言うからだっ。あんな騙し討ちでそんな風に触れ回られたら誰だって…。夏樹だって…浮かばれない…』

悔しげに話していた冬樹。
最後の『夏樹だって浮かばれない』…というのは、冬樹としての言葉だからだ。
実際、あれは夏樹の叫び…だった。


(俺は、最低だ。もう少しで力と同じ卑怯な奴になる所だった…)

雅耶はすんでの所で何とか思い留まると、屈んでいた体勢を起こして、再び眠る夏樹をそっと見下ろした。

それでも…。
愛しさが胸に込み上げてくるのだ。

本当は奪ってしまいたかった。

力に対抗心がない訳ではなかった。
でも、今はもう…あいつのことなんか関係ない。

ただ、その愛しい唇が欲しかった。
奪って、自分のものにしたかった。

切なさで、胸が苦しい程に…。


雅耶は小さく深呼吸をすると、眠っている夏樹に声を掛けた。
「早く…目を覚ませよな…」

俺の我慢が利かなくなる前に…。

雅耶は、その場から離れると。
部屋の窓を開けて、外の空気を目一杯吸い込んだ。


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