ツインクロス
「少しは落ち着いたか?」

雅耶は、一度階下へ降りて取って来たペットボトルを夏樹に差し出しながら言った。
「………。あ…ありがと…」
一瞬雅耶の手の中のペットボトルを凝視した後、夏樹は素直にそれを受け取った。その微妙な()に、雅耶は首を傾げる。
「…?どうかしたか?」
「あ…いや…。ごめん…何でもないんだ…」
未だ泣いた跡の残る潤んだ瞳で、傍に立つ雅耶を見上げながら夏樹は首を横に振った。

若干身体の痺れは残っているものの、夏樹は何とか動けるようになり、今は雅耶の机の椅子を借りて座っていた。

「ただ、ちょっと…これを見たら、今日の失敗を思い出しちゃって…さ」
受け取ったペットボトルに視線を落として、苦笑いを浮かべる。

ある意味、今日の最大の汚点だろう。
いや…力の誘いに乗った時点で、選択を間違えていたんだろうけど。

「…失敗?」
雅耶は夏樹の向かい側にあるベッドに腰掛けた。
「うん…。向こうでさ、力にお茶を貰ったんだ。オレも流石に警戒はしてたから、何か出されても口にする気はなかったんだけど。それがペットボトルで。栓もしっかり閉まっている新しいものだったから、つい…ね」
「…もしかして、それに薬が仕込まれてたのか?」
「うん…。流石に注射器で入れたのには気付かなかったかって、後で笑われた」
思い出すだけで、何だか屈辱的だ。
「あの運転手にか?…随分用意周到なんだな。最初から、お前を狙っていたってことなんだろうな」
「うん…。多分…」

その時、不意に力のことが頭に浮かんだ。
(多分、力は…それを知らなかったんだろうな。自分の味方だと思っていたあの萩原という男は、実は力の父親の指示で動いていて…)
そこまで考えて、突然我に返った。
今まで薬のせいか、どこか霞が掛かっていた部分の記憶が鮮明に思い出されてくる。


「そうだ…思い…出した」

夏樹は突然その場に立ち上がった。
「黒幕は、やっぱり神岡のおじさんだったんだ…」
「…えっ?」

突然の言葉に、雅耶は驚きながら夏樹を見上げている。
「薬を飲まされて動けないでいる時、運転手の萩原って男がオレを外に連れ出そうとしたんだ。その途中であの人に助けて貰って、オレは連れて行かれずに済んだんだけど…。その時、萩原が力に言ったんだ。オレを『本社』に連れて行くって…」
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