ツインクロス
「あ。でも、別に親父の邪魔をするつもりはないから、安心しろよ」

そう言って笑うと、力は身を翻して入って来たドアへと向かった。
だが、ドアノブに手を掛けた所で不意に足を止めると、父を振り返ることなく言葉を口にする。
「例え、親父が人として最低な悪に手を染めていようとも、俺には関係ない…。親父だって、俺には関係ないって…そう思ってるんだよな?」
それだけ言うと「失礼しました」と白々しく一礼をして、その部屋を後にしたのだった。

力が部屋を去った後、神岡は暫くそのドアを見詰めたまま立ち尽くしていた。



社長室を後にした力は、ゆっくりと廊下を歩いていた。

もう、こんな場所には用はない。
一言だけ父に言っておきたくて、放心状態の萩原に『報告に行かなくていいのか?』と、けしかけて、自分も一緒にこの本社へと送らせたのだ。

(…だが、もう用も済んだ…)

帰り道は一人で電車になるが、それも良いと思った。
帰るマンションも萩原がいなくなれば、基本的には一人ということになる。

(でも、アイツだって一人でやってるんだ。俺にだって、出来ないことはないさ…)

力の脳裏には、自分を惹きつけて止まない『冬樹』の姿が浮かんだ。

(でも…。あれが、実は夏樹だった…なんてな…)

未だに信じ難いが、学校で一緒だった冬樹と今日データを奪って行った冬樹とで、どちらが本物かと聞かれたら迷わず後者を選ぶだろう。
よく似ている二人ではあるが、その差は歴然だった。
体格、声…雰囲気等が、前者と後者とでは確実に違っていたのだ。
今まで一緒にいた冬樹は、線が細く繊細で中性的なイメージだったのに対し、今日遭った冬樹は、細身ではあるが背も高く、前者と比べれば、どう見ても男そのものだった。
だが、比べる対象の『本物の冬樹』に遭っていなければ、それはずっと分からないままだったかも知れない。

『…何を言われても、どんなに罵られようとも…オレにはそれを解除することは出来ない』

アイツが言った言葉…。
自分が『冬樹ではない』とは言えなくても、ある意味自分に訴えてくれていたんだな…と、今なら解る。
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