ツインクロス
「…くっ…」

苦しげに顔を歪める夏樹を冷たい視線で見下ろす神岡。
夏樹が細身とはいえ、流石に片手のみでその首を持ち上げる程の力は神岡にはなかったが、気道を塞ぐ程度の力は十分に込められていた。
強気な瞳が細められ、苦しさから生理的な涙が浮かんで来るのを見て、神岡はやっと締め上げていた手を解いた。
夏樹は、両手を後ろに封じられたまま前屈みになると、苦しげに暫く咳込んでしまう。頭がクラクラして、その場に(ひざまず)いてしまいたかったが、両端で腕を掴んで身体を支えている男達によって、それも叶わなかった。
荒い呼吸を繰り返しながら、うなだれている夏樹に神岡が語り掛ける。
「乱暴な真似はしたくないんだよ。素直に言うことを聞いた方が身の為だ」

(…そんなの、知るかっつーの…)

身に覚えのないことで突然逆上されても、訳が分からない。

(でも、今日別荘でってことは…。あの開かなかったファイルを…あの後、誰かが抜き取って行ったっていうのか?でも…)

それが出来るのは一人しかいない。

「…神岡の、おじさん…。ひとつ…聞いてもいいか…?」
どうしても父のことが聞きたくて、夏樹は口を開いた。
「…何だね?」
「あんたと父さんは、一緒に薬の研究をしていたんだろ?なのに何で、あんたの元にそのデータが残されていないんだ?父さんが厳重に鍵を掛けたのには、何か理由があるんじゃないのか?」
投げ掛けられた質問に、神岡は皮肉な微笑みを浮かべた。
「そんなの簡単なことだ。あいつが全部自分の手柄とする為に薬のデータを封印しただけのことさ。研究成果を独り占めしようとしたんだよ。君の父親は」
「…な、に…?」

思わぬ返答に、夏樹は驚きを隠せない。

「酷い話だと思うだろう?私達は、ずっと一緒に新薬の研究開発をやってきたのに…。あいつは長年やってきた全てを無かったことにしようとしたんだよ」

そう言うと、驚き言葉を失っている少年を憐れむように見詰めた。

「あいつはな…、思いもよらない薬を自分でも知らぬ内に作っていたんだ。でも最初、それに気付かなかった。私がその薬を元に少し手を加えることで、それは完成された物になったからだ。だから、本来ならば二人の研究成果ということになる筈だった。…当然だろう?二人の力を合わせて作り上げたのだから、それは二人の物だ。だが、あいつは…。野崎は、それを良しとしなかった。私にその薬を作らせまいと、元になった薬のデータを全て封印してしまったのだよ」

そう言うと、神岡の瞳は再び暗く淀んだ色へと変化し、冷たい表情になった。

「裏切られたのだよ。私は…。あの男に…」

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