ツインクロス
神岡から語られた過去は、夏樹にとっては信じ難いものであった。

(お父さんが、そんな私利私欲に走るとは思えない…)

以前、書斎の隠し部屋で見つけた父の走り書きを思い出す。
『父の罪』…そこには、そう書いてあった。
その薬の開発のことが『罪』だと言うのなら…。

(絶対に、何か理由がある筈だ…)

父の、良しとしない理由が。


「…その薬って、いったい何の薬…なんだ…?」
控えめに投げかけられた問い掛けに、神岡は黒い微笑みを浮かべた。
「それは企業秘密だ…と、言いたい所だが。そうだな…君がデータをこちらに渡してくれるというのなら教えてあげてもいい」
「………」
「あのデータを君が持っていても、何にもならないだろう?君にとっても誰にとっても得はない。だが…私に渡してくれれば、そのデータを元に、もっと沢山の薬を製造することが出来るのだ。皆がその薬を待っているのだよ」
神岡は、両手を広げて興奮気味に言った。
「…それは、貴重な薬…ってこと?」
「そうだ。私にしか作れない薬だ。そして、皆が求めて止まない画期的な代物(シロモノ)だ」
半ば陶酔するように語っている神岡を、夏樹は冷静に見詰めた。

(…そうか。今迄はお父さんの作った残りか何かで薬を作っていたけど、それが足りなくなってきて焦ってるって感じなんだな…)

そして、分かったことがある。
その薬の為には手段を選ばない程の『何か』が、その薬にはあるということ。

(…金儲けは勿論だろうけど…それ以外にも…。何か…)

「もしも…オレが『渡さない』…と、言ったら…?」
反応を窺うように、夏樹が尋ねると。
神岡は再び目の色を変えた。
「君にそんな選択肢はないんだよ。今の自分の立場をもっとよく考えた方が良い。こちらが下手(したて)に出ていると思って思い上がっていると痛い目を見るぞ。…それとも、君も…。父親のように意地でも私に刃向うとでもいうのかね?」
「父さん、が…?」
「…そうだ。あいつは昔から強情な所があった。でも、あそこまでだとは思わなかった。私が、あの日…どんなに頭を下げて頼んでも、あいつは折れなかった。データを提供してはくれなかったのだ」
過去を思い出しているのか、神岡が遠い目をしながら言った。

「あの日…?もしかして…。だから、父さんを…?」

「あいつは、サンプルを持って警察に届け出ると言ってきた。だが…そんなことをされる訳にはいかなかったんだ。既にあの薬には多くの顧客が付いていたのだからな」
そう平然と言う神岡を、夏樹は信じられないという表情で見詰めた。
「…その目。そうしてると、君はあの日の野崎の眼にそっくりだ」
そう言って、過去の父と夏樹を重ね合わせるように目を細めて見遣ると、口元に笑みを浮かべた。

「…そうさ。私があいつを事故に見せかけて殺したのだよ」
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