ツインクロス
そんなこともあり、夏樹は若干の照れくささと、緊張感で一杯だった。

(…仁志さんとか、すっごい驚いてたもんな。あの人、いつもはクールであまり表情に出さないのに…)
もしかしたら、騙されたていたことに怒りさえ覚えているのかも知れない。
そう思うと、胸が痛くてお店へと向かう足が止まってしまいそうだった。

全ての人に歓迎されるとは思っていない。
今まで、自分がやってきたことは、本来ならば許されないことなのだから…。

でも、大好きな場所だったから。
『冬樹』にとって、あのお店は大切な居場所だったから。
(…それがなくなっちゃうのは、ちょっと…流石に寂しいかも…)
お店へと向かういつもの道が、何故だか遠く、長く感じた。


そして、冬樹と共に挨拶に出向いたのは『ROCO』だけではない。
伯父夫婦の元へも、夏樹達は真実を話しに行った。
それは、戸籍上の手続き等を相談する上で外せないことだった。

伯父夫婦は、最初二人を見ても状況を把握出来ずにいた。
何より、八年間も同じ屋根の下で預かり育てて来た冬樹が、実は女の子の『夏樹』だったと知って、大きなショックを受けていた。
伯母を泣かせてしまった程だ。

それは、ある意味当然のことだと思う。
そこまで隠し通してきた、夏樹の頑なさが半端なものではなかったのだ。

伯父夫婦は、気付いてやれなかったことを悔やむような言葉を述べていたが、最終的には二人が無事であることを喜び、手続きに関しても協力的に進めてくれた。
そして、これからも何かあったら自分達を頼れと温かく受け入れてくれたのだった。


自分は恵まれている、と思う。
自分は己のことに精一杯で、周囲をぞんざいに扱ってきたというのに。
自分は独りなのだと。
まるで、ずっと独りで生きて来たとでも言うように…。

でも、それは違うのだ。
自分が周囲と距離を取ることで、自分の弱い気持ちを必死に守っていただけで、見守ってくれていた優しい人々がいたからこそ、今の自分があるのだ、と。
今は素直にそう思えた。


「…大丈夫か?夏樹…?」
思わず俯き、足が止まりかけていた夏樹に気付いて、雅耶が声を掛けてくる。
「あ…ああ。へい、き…」
顔を上げた視線の先には『Cafe & Bar ROCO』の看板が見えた。
思わず、とうとう足を止めてしまった夏樹に。
雅耶は微笑むと、「ほら…おいで」少しばかり強引にその手を取ると、お店へ向かって歩き出した。
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