ツインクロス
その時、突然「おおっ!!」とギャラリーの中で歓声が上がった。
慌てて裏庭に目を向けると、冬樹に襲い掛かっていた柔道部員が地に仰向けに倒れていた。
「やるじゃん、あの一年!投げたぞっ」

(ホントにっ?今冬樹が投げたのかっ?)

部長と話していた雅耶は、その瞬間を見逃してしまった。だが、一瞬冬樹が何か声を発したのは聞こえたのだが。
「見そびれちゃったな…。でも、やっぱり柔道経験あるみたいだな。尚更、溝呂木が欲しがるワケだ」
部長が感心しながら言った。




(くそっ!制服が傷んだらどうしてくれるんだっ)

冬樹は体勢を立て直すと、ブレザーの襟元を気にしながら服装を正した。地に倒れた柔道部員は、まさか…という顔で投げられたまま固まっている。だが、溝呂木は予想通りという感じで満足気に微笑んだ。
「やってくれるね。でも、こうでなくちゃ面白くない。どんどんいくよ」
その言葉に、冬樹はゾッとした。
「いー加減にしてくれよっ。オレ、本当に柔道なんてー…」
『分からないのに』…と、続けたかった言葉は、溝呂木の
「次っ!芦田、行けっ」
という、部員への指示の声で発する事が出来なかった。
太めの大男が前に出てくる。
(うわぁ…勘弁してくれよ…)
流石に、この巨体を投げるパワーが自分にあるとは思えなかった。
捕まった瞬間に、簡単に何処か遠くへ放り投げられてしまいそうだ。
(あの手に掴まれたらアウトだ。それこそ逃れられない…)
冬樹は必死で距離を取った。

その焦っている冬樹の様子を。
溝呂木は、さも嬉しそうな顔をして眺めているのだった。
ガッチリとした太い指が空を切る。

(掴まれてたまるかっ)

冬樹は必死にその手から逃げていた。
制服へと伸びてくる手を叩き落とし、距離を取る。だが、狭く囲まれた輪の中では、それも長くは続かないだろう。

見兼ねた溝呂木が声を掛けてきた。
「野崎ーっ!そんな事やってても、いつまでも勝負はつかないぞー。諦めるなら止めてあげても良いけど、どうするー?」
「チッ…」
あくまでも楽しんでいる教師に、冬樹のムカつきは限界に達していた。

(勝負なんかやってられるかっ!!隙を作って逃げてやる!!)

冬樹は、とりあえず目の前の巨体の後ろに素早く回ると、足払いを掛けるように蹴りを入れた。だが…。
(び…びくともしない…!?)
その大きな身体を揺るがす事さえ出来なかった。
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