ツインクロス
そんな時。

「そうだ、冬樹…お前、バイト捜してたよな?…決まったか?」
突然の問いに。
「……?…いえ、まだ…ですけど…」
戸惑いながらも答えると、直純はにっこりと笑みを浮かべた。
「よし。冬樹…お前、この店でバイトしないか?」
「……え?」
「勿論、時間や休みは相談に乗るし。入る時間にもよるけど、(まかな)い付きだぞ」
『賄い付き』…と聞いて、冬樹は瞬時に『気を遣わせている』のだと思った。
「直純先生…」
だが、冬樹の考えていることを察したのか、直純はすぐに言葉を続けた。
「あ。一応言っておくけど、冬樹がバイトに入るからこの条件って訳ではないからな。もともとバイトは募集中だし、賄い付きっていうのもウリの一つだから」
そう言って優しく笑った。
「………」
「悪い話でもないと思うぞ?独り暮らしは何かと出費も多いだろうし…働いて一食分浮くと思えば、かなり大きいんじゃないかな」
(確かに大きい…とは思う…)
迷っている冬樹に、直純は「それに」と付け足した。

「俺がお前を放っておけないんだ」
直純はそう言って優しく笑うと、軽くウインクした。



それから一週間後。

「冬樹くん、これ3番テーブルお願いね」
「はい」

コーヒーとケーキの乗った皿を丸いトレーに乗せ、左手の掌一つでバランスを取ってホールを颯爽と歩く冬樹がそこにはいた。初めは接客業だけあって緊張していたものの、毎日のようにバイトに入っているので既に仕事にも慣れてきたところだ。
カウンターに戻ってくる際にも、空いたお皿を下げてくるなど積極的に動く冬樹に、直純はこっそり笑みを見せた。
「冬樹…すっかり仕事に慣れてきたみたいだな。なぁ…仁志?」
隣で作業をしていた店員の柳仁志(やなぎ ひとし)は、チラリと冬樹に視線を流すと、トレードマークの黒縁メガネを右手中指でそっと押さえると、小さく頷いた。
「うん。彼はなかなか筋が良いよ。器用だし、一度説明をすればすぐに仕事を覚えるしね。何より仕事に臨む姿勢が真面目だよね」
「ああ」
直純は自分の元教え子が褒められているのが純粋に嬉しくて、思わず顔が緩みがちだった。
そんな直純と旧知の仲である仁志は、そんな友人の反応に苦笑いを浮かべると、
「お前、週に三回夕方稽古で抜けるって言ってたけど、冬樹くんがいれば全然問題ないから、もっと空手の先生の方をやってても良いぞ?」
と、澄まして意地悪を言った。
「あ。ヒドイ…仁志。マスターに向かって何てことを…」
直純もそんなことを言いながら、二人で笑い合っていた。
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