ツインクロス
「雅耶がね、倒れたあなたをここに運んで来たのよ」

そう話しながら体温計を持ってくるその先生の言葉に、妙な違和感を感じて、冬樹はじっと彼女を見詰めた。
その視線の意味を理解したのか、彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「ふふ…『雅耶』って呼び捨てが気になった?私と雅耶は昔からの知り合いなの。それにね…あなたのことも知ってるんだけどな。…流石に覚えてないかな…?」
「…えっ?」
「下の名前はね、清香っていうのよ。雅耶には『清香姉』って昔から呼ばれてるわ。…思い出せるかしら?」
(あっ…)
そこまで聞いて、何度か雅耶に連れられて遊びに行った近所のお姉さんのことを思い出した。
「…覚えて…ます」
「ホント?嬉しいな」
嬉しそうに優しく微笑むその笑顔は、記憶にあるものと変わらないと冬樹は思った。
「熱…測ってみて?」
そう渡された体温計を手にして、ふと冬樹は動きを止めた。

(Yシャツのボタンが…?)

外されていることに、今更気付く。
「…っ……」
体温計を持っていない方の手で、Yシャツの首元をそっと押さえる。

(どう…しよう…?もしかして…見られた…?)

心臓がバクバク…と、音を立てた。


動揺を隠せないでいる冬樹に、清香はゆっくりと口を開いた。
「寝苦しいと思って、ネクタイとボタンを外させてもらったの」
清香はベッドの横に置いてあった椅子にそっと腰かけて言った。

「あなた…夏樹ちゃん、…よね?」
「…っ……」

首元を押さえたまま無言で俯いてしまう冬樹に、清香はそっと優しく声を掛けた。
「ごめんね。私も、まさかと思ってびっくりしたけど…。でも、何か事情があるんでしょう?良かったら、話してみてくれないかな…?」

(どうしよう…。ふゆちゃん…どうしよう…)

冬樹の頭の中では、そんな言葉だけがぐるぐると渦を巻いていた。
手が知らず、カタカタと震えている。

そんな様子の冬樹を前に、清香は優しい微笑みを浮かべたままで、ゆっくりと言った。
「別に責めている訳じゃないのよ。…怖がらせちゃてごめんね。でも、女の子のあなたが冬樹くんであることの意味が知りたいの…」

(ふゆちゃんである…ことの…意味…?)

冬樹は僅かに視線を上げた。
「このことは…誰か、知っている人はいるの…?」
そう聞かれて、冬樹はゆるく首を横に振った。
「そうなんだ…。でも、いつから冬樹くんと入れ替わっていたの…?今…冬樹くんは…」

(いつから…?ふゆちゃんは…)

清香の問い方は、本当に穏やかで優しい口調で。
彼女になら話してもいいかも…と、思わせる何かがあった。
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