ツインクロス
(だけど…怖い…)

人に話してしまったら。
ふゆちゃんがいないという現実が…本当のことになってしまうようで。

(いや、今更だ。ふゆちゃんは、もういない…)

それは、紛れもない事実なのだから。
ただ…『オレ』が…。
『夏樹』が、それを認めたくないだけなのだから。

『いつか、ふゆちゃんは帰って来るんじゃないか…?』
そんな微かな希望。

その時…ふゆちゃんの居場所があるように。
帰ってくる場所がちゃんとあるように。
その時まで『夏樹』が、ふゆちゃんの代わりを頑張るから…。

そんな言い訳をしながら、『夏樹』は生きて来たんだ。

(オレはいつまで逃げてるんだ…。そんな日が…来ることは、きっと…もう、ない…)

ぽろぽろ…と、『冬樹』の頬を涙が零れた。

「…夏樹ちゃん…」
「先生…夏樹は、いないよ…。夏樹は、あの事故で…死んだことになってる。そして、オレは…今『冬樹』だけど、本当のふゆちゃんは、もういないんだ…」

次々と零れ落ちる涙を拭うことなく、そうして静かに語りだした『冬樹』の真相に、清香は言葉を失うのだった。


『冬樹』が事の経緯を全て話すと、清香は「つらかったね…」と少し泣きそうな表情で微笑んでいた。
「でも…そのままで良いの?ちゃんと説明して、あなたが夏樹ちゃんであるという証明をすれば、戸籍は戻せるんじゃないかしら…?実際、間違えたのは周りの大人達なんだもの…。今からだって遅くないと思うの…」

きっと、自分の身を心配してくれての言葉なのだろう。
実際、あの事故の直後…こうして話を聞いてくれる人が傍にいてくれたなら、その言葉に耳を傾けてオレは違う人生を歩んでいたかも知れない。
でも…。

冬樹は、ゆっくりと首を横に振った。
「ありがと…先生。でも、オレは…このままでいいんだ…」
頬の涙を拭いながら、冬樹はしっかり前を向いて言った。
「でもっ…」
「今のままじゃ…オレは『夏樹』に戻ることも出来ない…。冬樹の時間も夏樹の時間も、あの時止まったままなんだ。…諦めが悪いと思うかもしれないけど…ふゆちゃんに会えるまで…。兄が見つかるまでは…」
「…見つかる、まで…?」

清香の表情は複雑だった。
それは当然のことだろうと思う。
あれから過ぎ去った年月を思えば…。

希望を持って待ち続けるには、既にあまりに長い時間が経過してしまっている。
だけど、それでも。
ふゆちゃんが戻って来るまでは…。

たとえそれが…どんな形であろうとも。

(オレとふゆちゃんは、今…二人で一人…なんだ…)

戸籍上は存在しないけれど、此処に居る夏樹。
戸籍上は居るけれど、此処に存在しない冬樹。


「夏樹ちゃん…」
「先生…、オレは冬樹だよ…。でも、話を聞いてくれて嬉しかったです。ありがとう…」
そう言って冬樹はゆっくりと清香に頭を下げると、僅かに微笑みを浮かべた。
「こんな風に…人に話せる日が来るなんて、思っていなかったから…」
その表情は、あまりに儚げだった。


兄に対しての罪悪感が消える訳ではないけれど。
偽っている自分自身の秘め事が少しだけ、軽くなったような気がしていた。
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