ひとつの村が消えてしまった話をする
あれは人の顔だ。

しかも人間で言うとこの、乳幼児くらいの。

そいつが無表情で呟いている言葉も聞き取れた。

「…いきるもの………そだてるもの……………かりとるもの …いきるもの………そだてるもの……………かりとるもの」

そして、鯉の所まで来ると、その鯉を見下ろし、ニタリ、と嫌らしい笑みを浮かべて、

「これで……できる」

そう言って、鯉には手をつけずに帰っていった。

俺ら兄弟はしばらく動けなかった。

呆然、という表現が正しいかもしれない。

我に返ると、いつもは使わない裏口への抜け道ルートを使って森を抜け、家まで辿り着いた。

流石の俺らもこの出来事には参って、夕食の時には元気がなくて、飯も喉を通らなかった。

心配したばあちゃんが『どうしたの?』って訊いてきたけど、俺は何にもないよって答えるより他なかった。

けど弟は遂に耐え切れなくなったのか。

「ねえ兄ちゃん、やっぱりあの猿…」

と口走ってしまった。

その瞬間、じいちゃんがさっと顔色を変えたのがわかった。

人の顔があんなにわかりやすく変わったのは、後にも先にもその時だけだと思う。

じいちゃんは何だか怒ったような感じで『どういう事だ』と問い詰めてきた。

俺達が観念して昼間の事を話すと、今度はばあちゃんと顔を見合わせて、心配そうな顔で『気分はどうだ、なんともないか』ってしつこく俺と弟に聞いてきた。

ああ、やっぱり怒られるんだろうかと俺が不安だった俺は、正直戸惑った。

じいちゃんは徐にどこかへ電話をかけ始めた。

俺と弟は玄関口に連れ出され、ばあちゃんに瓶の酒を嫌というほど浴びせられた。

そして子供の砂かけ遊びみたいに塩を撒かれた。


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