優しい嘘はいらない
彼によって私のシートベルトがつけられていく。
そうか…シートベルトだよね。
キスされるのかと思ったよ。
「ご希望通り、キスしようか?」
心の中での独り言が漏れていたらしく彼は意地悪く笑っていた。
「……」
首を左右に大きく振り、羞恥で顔を真っ赤にさせて俯いた私の頭部をポンと優しく叩き撫でていく。
「残念…ご希望に添えてやるのに」
甘いセリフに思わず顔を上げ彼を見つめると、ハンドルに両腕をおき側頭部を乗せてこちら見つめている人は、私の知っている人と別人ではないのか?
彼がこんな甘い男のはずがない。
あまりの変わりように驚き
「五十嵐さん…だよね?」
「あっ、俺の他に誰に見えるんだ?」
「…五十嵐さんだ」
聞きなれた冷たい声に納得して呟いていた。
「なに言ってるんだ?」
眉間にシワを寄せながら、私のおでこを小突いて彼は車を走らせる。
車で数分の距離は、あっというまに着いてしまい、
もっと、一緒にいたいけどと欲がでる…彼が引き止めてくれない限り私にそれをいう資格がない。
なかなか降りない私にイラついてタバコを吸い始める彼。
冷たいかと思えば、突然、甘い男に変わり、そしてまた冷たい態度を見せられると戸惑ってしまう。