優しい嘘はいらない

アパートと職場の往復を繰り返しているうちに、体に残っていた赤い痕は消えてしまった。

それと同時に薄れていく彼との甘い記憶

アパート前で別れた日から連絡もないし、偶然合うこともない。

鳴らないスマホを見つめため息をつく毎日は、恒例になってしまった。

志乃とはあの後、一度電話で話をした。

『全ての女と手を切ってくれたのは嬉しいけど…独占欲が強くて困る』

と、言葉では困っているといいながら声はどこか嬉しそうで、こちらの話を聞いて欲しかったが幸せな彼女に水を差すようなことも言えず一方的に彼女の惚気話を聞いて終わった。

女の友情なんて、男ができれば変わる。

1番に優先されるのは男なのだ。

だから、会えなくても頻繁にあった電話もメールもなくなる。

私のスマホには、お知らせメールばかりで寂しいもの。

それなのにスマホをどこにいても手放せないのは、『もしかしたら』を期待して待っている私がどこかにいるからかもしれい。

眠りにつこうとした時、突然鳴る呼び鈴に呼び出され玄関前に立つと、『おれ』とだけ言う男。

聞き覚えのある声に鍵のロックを外しドアを開けると不機嫌な表情で立つ愛しい男だった。
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