優しい嘘はいらない
彼から目が離せない。
それは私だけじゃないようで、彼らから少し離れたカウンター席にいる女性2人もチラチラと彼らに視線を送っているのがわかる。
タバコを唇の端にくわえ、少しだけ顔を上に向けて煙を吐く彼の癖は相変わらずで、目を細める姿も変わらない。
改札をくぐる前に喫煙所にいる彼を何度も盗み見ていたから、覚えている。
「杏奈、こんなチャンスないよ。話かけておいでよ」
志乃は、楽し気に私の背を押すが声をかける勇気なんてない。
「……無理。絶対ムリ…彼に告白して玉砕した人が何人いたか志乃も知っているでしょう⁈話しかけて冷たくあしらわれたら‥私、立ち直れないよ」
想像して両手で顔を覆い半泣き状態の私に、告白するわけでもないのにバカねと志乃は呆れ、トイレ行ってくると言って私を放置していく。
志乃が席を外している間に彼を堪能しようと顔を覆っていた手を離せば、彼も1人きり…
あれ?
お友達はどこへ?
1人になった彼は、つまらなそうにロックグラスを円を描くように回して、中の氷をカラカラ鳴らして遊んでいる。
そんな彼にカウンターにいた女性2人組が声をかけだした。
内容までは聞き取れない小さな声