優しい嘘はいらない
「……こんな雨の中、傘もささずに濡れて帰るつもりか?」
はぁー
まだ、いるの…
立ち止まると横に人影がちらつき、顔だけを向けた。
「そうですけど…もう濡れているし私に構わないで戻ればどうですか?」
「いや、俺も帰る。ついでだ…傘の中に入れて行ってやるよ」
この天気の中で、1つの傘を2人でなんて傘をさしている意味がない。
「……結構です。私、コンビニに戻って傘を買ってきますから、五十嵐さんはそのままお帰りください」
「これが最後の傘だったぞ」
マジ⁈
どうしよう…
このまま2人きりは気まずい。
それなのに、彼はおかまいなしに私の肩を突然背後から抱き寄せ、一歩踏み出した。
否応なしに私も歩き出してしまう。
「……あの」
突然、ドキドキしだす鼓動を彼に聞こえないように胸を押さえた。
「この道で合ってるよな?」
曲がり角に入っていきながら、私の拒絶の言葉を言わせない雰囲気に黙り込んでしまい、お互い何も話さないままアパート前についてしまう。
「……ありがとうございました」
「ふっ、今度は素直だなぁ」
初めて目を綻ばせる彼の表情に目が釘づけになり、ドキドキしていた鼓動が急激に加速しだしていく。