優しい嘘はいらない

背を向けても、ドキドキは止まらない。

通路を挟んですぐそこに彼がいるというだけで、志乃達と会話を楽しんでいる振りをしながら、聴覚も嗅覚も今まで感じた事がないくらいに研ぎ澄まされ意識している自分がいる。

あぁ…何なの?

お願いだから、意識しないで…

自分自身に頼んだところで感情をコントロールするのは難しいみたいで、志乃たちとの会話が耳に入ってこないのに、五十嵐さん達の会話が気になって聞き耳をたてているのはどうしてなのだろう?

「五十嵐さん、彼女いるんですか?」

女の人の甘ったるい口調が聞こえ、敏感に反応している私は動きが止まる。

一瞬の間の後に

「あぁ…いるよ」

なんだ…やっぱり彼女いるんじゃん。
ショックを受けている自分がいる。

…うん、聞けてよかった。
本気になる前に知ってよかったんだよ。

自分自身に言い聞かせ納得しようする。

なぜか、急にテンションが上がるのはどうしてなのだろうか?

「ビールおかわり」

グラスの中の液体を一気に飲み干し、ドンとテーブルの上に置く。

「おっ、杏奈ちゃんいい飲みっぷり。じゃんじゃん飲んで」

自己紹介をしたのに名前も覚えてない隣の男性がビールをグラスに注いでくれる。
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