優しい嘘はいらない
突然のことに戸惑いながらも一気に緊張して何も考えられなくなる。
そんな私の頭上で「すみません」と謝る彼の声と私の背後を通って行く人の気配に、通路を塞いでいたんだと気づいた。
この五十嵐さんとの突然の近すぎる距離に、甘い雰囲気を勘違いした自分が恥ずかしくて身動きできず俯くだけ…
バカみたい…
自分に毒吐いても、熱くなった頬が冷める訳でもない。
こんな顔見られたくない…
意識しているのがバレてしまう。
「ボケっとしてるなよ」
からかうように頭を撫でてくる大きな手のひらに嬉しい気持ちと子供扱いされたようで面白くない気持ちとが混ざり合う。
だから、つい…
「ボケっとしてないし…急に引っ張ることないでしょう⁈教えてくれれば避けたのに…」
反抗的に口答えしてしまう。
「教えている間に、ぶつかってよろける方が先だと思ったんだが…」
親切に文句を言われ彼も不機嫌気味になり、眉間にしわをよせ細める目は、整った顔立ちだから余計に凄みが増す。
あっ…怒らせちゃった…
下唇を噛み、数秒前のことを反省してしまう。
どうして、五十嵐さんの前だと素直になれないんだろう?
シュンとする私の頬をつねる指。