優しい嘘はいらない
離された自分の手を見つめ、手のひらの温もりとともに冷えていく心。
彼は私をどうしたいのだろう?
「どうした?」
立ち止まっている私に気づいた五十嵐さんは、ドアを開けて待っていてくれた。
何気ない優しさに、それだけで嬉しくて頬がほころんでいた。
「ううん、なんでもない。……ありがとう」
小走りでお店の中へと入る際に、待っていてくれたお礼を彼に言う。
「素直でよろしい」
ニカッと笑い返してくれた五十嵐さんの不意打ちの笑顔は、私を悩殺する気じゃないのかと思うほど破壊力満点。
もう、なんなの…
平静を装いつつ、お店の中へ
だが、足が止まる。
ジャスがうるさくもなく程よい音量で流れる店内は、少し薄暗く中央にライトアップされた二台のビリヤード台が陣取っていた。そして、まわりを囲むように要所要所にハイテーブルとゆったりとしたソファーにセンターテーブルが配置してある。
そして、ガラスの壁の向こうにある部屋は、こちら側より暗くなっていてダーツ盤を照らす明かりが印象的だった。
落ち着いた大人が通うお店だと思わせる雰囲気に、場違いではないかと後ずさりしてしまう。
背中に人がぶつかり、振り向くと五十嵐さんがいて思わず顔を逸らしていた。