優しい嘘はいらない

振り返ると肩で息をして、片目をつむりひどく苦しそうに息継ぎをしているひと。

「……ハァ…捕まえた」

「五十嵐さん…」

「どうして勝手にでていくんだよ」

「どうしてって…」

ぎゅっと腰に回る手…
そして…肩にのしかかる五十嵐さんの顎。うなじにかかる吐息が私の思考を奪っていく。

交差点付近、人が動き出す気配に五十嵐さんも気づき体が離れると、今度は手をぎゅっと繋がれ人の動きに合わせて歩き出した。

なんで?

考えてもわからない。

ぎゅっと繋ぐ手も、抱きしめられた理由も、追いかけてきた理由も

私をガキ扱いするくせに、彼の行動は理解不能で、私を混乱させる。

「……ねぇ、手」

離してと言うように促すのに、彼はぎゅっと更に握ってくる。

無視?
無視なの?

手を上げタクシーを呼び止める五十嵐さん。

ドアが開き、私を押し込むように乗せて行き先を告げて隣に座る。

その間も手は握られたまま…

そして、指を絡めて握り直してくる。

もう、何がなんだかわからない。

沈黙が辛くて

「よかったんですか?」

「何が?…」

「お知り合いとのビリヤード」

「お前が見たいって言ったのにいなくなるから放棄してきた」
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