優しい嘘はいらない

袖口のボタンを右、左と外しワイシャツのボタンを1つ、2つと外す姿に直視できずに顔を横に背けた。

薄暗灯の中、大人の色気を醸し出す仕草に加速しだす鼓動。

会うたびにガキ扱いされ、私の一方的な片思いだと思っていた相手が、私を抱きたいと言い、女として見てくれている。

視線の隅に、シャツを脱いだ彼の引き締まった上半身がチラッと見えてくると、鼓動が暴走しているんじゃないかと思うほど速く高鳴って、目を閉じて心を鎮めようとしても心の中は、どうしよう‥どうしよう。このまま抱かれていいの?と自問している。だが、答えは既に決まっているのに躊躇っている理由はなんだろう?

「…杏奈、目を開けてこっちをむけよ」

ギシッとスプリングが頭の両サイドで揺れる。

耳元で囁きかける彼の甘い声に肩が揺れ、甘い刺激が脳に届いて身ぶるいする。

目を開けて顔を向ければ、ほんの数センチ離れた場所にある彼の顔が色っぽくて吸いつくように頬に手を添えていた。

「……私の名前知っていたんだ?」

その手を彼の手のひらが包み

「当たり前だ。それに前にも一度呼んだだろう⁈」

抹消しかけていた記憶が呼び起こされる。

「いつもお前だったから…」
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